2008年11月12日
穂積家住宅(高萩)
高萩市は花貫渓谷もそうですが、最近ずいぶん観光に力が入ってますね。
古墳があったり、大塚氏が竜子山に城を構えたり、江戸時代には竜子山城を
戸沢氏が修復、松岡城と名乗ったり・・古い歴史があるようで、昨今は「小京都」の文字も。
明治には石炭産業の町として栄えたそうです。
高速を下りると広い道路ながら、ほとんど車もなく、「高速道ではありません」の看板。
はい、スピードを出しそうな道です。。
海も山も楽しめる町なのを初めて知りました。花貫の帰りにうろついてみました・・。
穂積家住宅 茨城県高萩市上手綱2337-1
1773年(改修工事で土間の墨書に書かれていたそうです)に建てられた、豪農・穂積家の住宅。
門は家の格に準ずるのか?長屋門はずいぶんご立派で、目立ってます。
大掛かりな改修工事が行われたそうで、これだけの家が大切に保存されるのは素敵。
穂積家は広々したこの地で農業や酒造り「松の月」・・林業や金融にも携わった旧家。
水路では水車も回し動力を得ていたそうです。
明治14年には呉服店、23年には蒸気機関を使っての製糸工場、村長から県議会まで
地域にも貢献した実業家であったのを知りました。
風流にも精通していたのでしょうね。江戸時代に作られたという100坪の庭は
確かに京都にいるのかと錯覚させられるほど立派な日本庭園でした。
関根川から取水し、一枚岩の太鼓橋。。今の季節大きなドウダンツツジの真っ赤が印象的。



広い土間には資料や写真が飾られていました。
囲炉裏を配した板敷きの広間から中の間、奥座敷と続きます。
かつての日本家屋はこうやって何百年も使えたんですね。。今では・・。
日本の風土に合うのには、どの部屋も開放面が広く風通しに気を使ったのでしょう。
長く使える「家」を考えさせられました。
ちょっと笑っちゃうのが、撮影用の貸し出しもしている点。
太宰治物語はいいにせよ、なんとかレンジャーにこの家はチトもったいないけど・・。



庭から奥座敷を眺めても、藁葺きの傾斜も美しく絵葉書のようです。
なまこ壁の蔵は2つ。長屋門の横に前蔵、家の裏に衣装蔵。。
ホント、納戸とか衣裳部屋とか必要ですよね〜。。四季がある有難さと、衣替えの手間と
毎年春秋2回は発狂したくなるほどの煩わしさ。ボーンと入れておく場所が欲しい。。と、思い切り
現実に引き戻されたりしました。
思うのは「木」の有難さ。いつから新建材を競うようになってしまったのでしょうか・・。
誰もがシックハウスのない家に住みたいです。
昔ながらの木の家を守れなかった社会には責任はあるでしょうが、この古い家を
補修し甦らせた皆様の技術に深く敬意を表し、穂積家を後にしました。



古墳があったり、大塚氏が竜子山に城を構えたり、江戸時代には竜子山城を
戸沢氏が修復、松岡城と名乗ったり・・古い歴史があるようで、昨今は「小京都」の文字も。
明治には石炭産業の町として栄えたそうです。
高速を下りると広い道路ながら、ほとんど車もなく、「高速道ではありません」の看板。
はい、スピードを出しそうな道です。。
海も山も楽しめる町なのを初めて知りました。花貫の帰りにうろついてみました・・。
穂積家住宅 茨城県高萩市上手綱2337-1
1773年(改修工事で土間の墨書に書かれていたそうです)に建てられた、豪農・穂積家の住宅。
門は家の格に準ずるのか?長屋門はずいぶんご立派で、目立ってます。
大掛かりな改修工事が行われたそうで、これだけの家が大切に保存されるのは素敵。
穂積家は広々したこの地で農業や酒造り「松の月」・・林業や金融にも携わった旧家。
水路では水車も回し動力を得ていたそうです。
明治14年には呉服店、23年には蒸気機関を使っての製糸工場、村長から県議会まで
地域にも貢献した実業家であったのを知りました。
風流にも精通していたのでしょうね。江戸時代に作られたという100坪の庭は
確かに京都にいるのかと錯覚させられるほど立派な日本庭園でした。
関根川から取水し、一枚岩の太鼓橋。。今の季節大きなドウダンツツジの真っ赤が印象的。



広い土間には資料や写真が飾られていました。
囲炉裏を配した板敷きの広間から中の間、奥座敷と続きます。
かつての日本家屋はこうやって何百年も使えたんですね。。今では・・。
日本の風土に合うのには、どの部屋も開放面が広く風通しに気を使ったのでしょう。
長く使える「家」を考えさせられました。
ちょっと笑っちゃうのが、撮影用の貸し出しもしている点。
太宰治物語はいいにせよ、なんとかレンジャーにこの家はチトもったいないけど・・。



庭から奥座敷を眺めても、藁葺きの傾斜も美しく絵葉書のようです。
なまこ壁の蔵は2つ。長屋門の横に前蔵、家の裏に衣装蔵。。
ホント、納戸とか衣裳部屋とか必要ですよね〜。。四季がある有難さと、衣替えの手間と
毎年春秋2回は発狂したくなるほどの煩わしさ。ボーンと入れておく場所が欲しい。。と、思い切り
現実に引き戻されたりしました。
思うのは「木」の有難さ。いつから新建材を競うようになってしまったのでしょうか・・。
誰もがシックハウスのない家に住みたいです。
昔ながらの木の家を守れなかった社会には責任はあるでしょうが、この古い家を
補修し甦らせた皆様の技術に深く敬意を表し、穂積家を後にしました。



