2008年08月07日

麻生藩家老屋敷記念館(行方市)

行方市・・2005年。行方郡麻生町・北浦町・玉造町が合併した新しい市。
推進した町長がコンパニオンの接待を受けた(むし返してほしくないかな?茨城って・・あるよね)
話題が記憶に残ってしまう・・・私のイメージで恐縮。
霞ヶ浦と北浦の湖に挟まれた、かなり大きな市なんですね。
2つの史跡を訪ねてからランチにすることにしました。(長々書いてますが、たかだかAMドライブ)
そうそう、食べる前には頭を使わないとね!歴史大好きです。

麻生藩家老屋敷記念館    茨城県行方市山田1153-1
町おこしに頑張っている行方市ながら、記念館の看板はありませんでした。
HPで読んでいたので、公民館に車を止めて歩いて300mのこちらへ。
木〜日のみ無料で公開されています。
高山には陣屋も復元されていましたが、こちらの陣屋跡には小学校が・・。
陣屋を囲んで住んでいた藩士の家が今尚残っています。
江戸時代では城主=藩主
藩主が参勤交代で留守のとき、代わりを務めたのが最高位の家老でした。
麻生藩は1604年、新庄直頼が常陸・下野両国に3万3百石を与えられ、麻生に居を構えたそう。
同じ3万石=5411.7㎥でも肥沃な土地だったから、潤っていた小大名なのでは(推測ですが)。
廃藩置県まで15代続いたそうです。

表門(薬医門・・一矢の攻撃を食い止める「矢食い(やぐい)」からきたとか、門を閉めても
   横の木戸から出入りし、医者が使っていた・・とか諸説あり)
   茜色というかエンジの色がなんとも主張のある同道とした門です。

主屋・・安政4年(1857年)の建築。重厚な茅葺き屋根の住宅。
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庭にあったというけやきn根はひっくり返され、素敵なオブジェ!!鬼瓦も立派。
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左・・式台から玄関、座敷。
中・・横の縁側の窓から撮った座敷の床の間。。ここまでが武家屋敷の主要部分。
右・・次の間、中の間、奥の間の接客空間だそうで、裏庭まで見通せて風が抜けます。

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あとは内玄関とプライベート部分と、大きな台所。日本家屋の茅葺き、中が涼しいですね!
中には入れませんが、開放部分が広いので、充分中を見通せました。
保存が良くて感心しました。
東京は古いものをすぐ壊してしまうので、頑張って残されたご子孫や町に感心しました。

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庭には大きなオニグルミナツメ(花が可愛い)・・珍しい銀木犀もありました。

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御菓子司 吉田屋(行方市玉造甲659-1 )から麻生陣屋・・ってそのままの最中が、
今年の春、売り出されたそうなので買ってみました。
土蔵屋さんにも売っているくらい、近隣で力が入ってました。
多くはいらないので、霞ヶ浦大橋の物産館でバラのを購入しました。
普通の最中でした?!4色の餡にこだわったみたいですが、もう少し香ばしい皮がいいな〜。

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iba_yummy_delights2u at 11:18コメント(0)行方市   この記事をクリップ!

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